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【劇評】ミュージカル『天使にラブソングを 〜シスターアクト〜』にいい意味で裏切られた話

『シスターアクト』にいい意味で裏切られた話

(※この記事は、以前別ブログにて公開していたものに加筆修正を行った記事です)

2020年1月27日に、ミュージカル『天使にラブソングを 〜シスターアクト〜』博多座公演千秋楽を観劇した。

とある理由から開演前はそれ程期待していなかったのだが、
いい意味で期待をまんまと裏切られた。

今では、1月からいい作品を観た!と充足感に満ち足りた気持ちである。

舞台について長々と語る前に、作品について少し紹介したい。

本作品は、大ヒット映画『天使にラブソングを』を原作とし、映画でデロリスを演じたウーピー・ゴールドバーグがプロデュースを手がけたことでも知られている人気ミュージカルである。
日本では2014年に初上演され、今回が3度目の公演となった。

作品の舞台はアメリカ。
売れないクラブ歌手であるデロリスは、偶然にも殺人事件を目撃したことをきっかけにマフィアのボスであるカーティスに命を狙われることになってしまう。

裁判まで安全な場所に匿われることになった彼女が、身を隠す様言いつけられた場所はなんと修道院だった。

決まりが多く堅苦しい修道院で浮いた存在となってしまっていたデロリスだったが、ひょんなことから聖歌隊の指導をすることになる。

聖歌隊の歌は酷いものであったが、シスターたちとデロリスとの絆が深まるにつれコーラスは見違える様に上達していった。
しかし聖歌隊の歌が上達すると同時に、デロリスを追うマフィアの手もすぐそこに迫っていた。
果たしてデロリスはマフィアから逃げ切ることができるのか……?

ストーリー・キャラクター・ダンス・歌 
全てにおいて楽しむことができる愛される名作である。

正直な話をしよう

正直な話をする。

原作映画である『天使にラブソングを』を何度も観た身としては、ミュージカル版にはあまり期待していなかった。

具体的に言えば、
「それなりに楽しみではあるが、どこか期待を持てない感じ」
と言えば良いだろうか。


きっかけは、数年前に見た舞台紹介PVだ。
評判がよい舞台であることは知っていたので、期待して再生ボタンを押したことをなんとなく覚えている。
そしてPVを途中まで見た頃、がっかりとした気持ちになってしまった。
そう、劇中歌が映画と全く違ってしまっていたのだ。

『天使にラブソングを』で一番重要なのは、「歌(賛美歌)」と言い切ってしまっても過言ではないだろう。
修道院とは縁もゆかりもない生活をしていたデロリスが、聖歌隊の歌の指導を通じて修道女たちと絆を深め、変化を与えると同時に自身も変わってゆく。

そんな重要な「歌」が変わってしまうなんて!
あの曲が、一曲もないなんて!
その時点で、ちょっと、いやだいぶがっかりとしてしまった。

あの歌の数々が好きで、気に入って何度も聞いていた身としてはなんだかとても残念な気持ちになってしまい、「それはもうシスターアクトではないのでは」とまで思ってしまったのだ。
それくらい、映画版デロリス率いるシスター達の歌は魅力的で、ローマ法王が聞きに来ることも納得できるくらい説得力のあるものだったのだ。

『天使にラブソングを』は私にとってそれなりに思い入れのある作品であり、
どこかで「原作」と違うことを拒否してしまっていたのだと思う。

その思いを、いい意味であっさりと裏切られた。
いや、凄かった。
曲が映画と同じとかどうこうなんて、そんなものは関係なかったのだ。
むしろ、その違いが全体をパワーアップさせていて、より良いとさえ感じられた。

舞台版は、映画以上に良かったと今でははっきりと言い切れる。
衝撃の体験だった。

舞台で印象的だったこと

ここからは、舞台版の良かった点を述べていきたい。

これは「舞台だからこその演出」なのかもしれないが、
舞台ではデロリスの心情の変化が、映画よりもはっきりと表現されていると感じた。

映画のデロリスには、現在の感情を直接声に出して表現するシーンがあまりない。
直接的な表現ではなく、動作によって読み取るシーンの方が多い様に思える。

一方舞台では、それが明確に表現されていた。
特に印象的だったのは、デロリスが教会を去った直後の場面だ。
スターに憧れ続けている心の中の自分と、教会で出会ったシスター達とが交互に入り混じる演出により、デロリスの迷いの心と叫びとをストレートに表現していて、彼女の変わりつつある心のうちがよく理解できるシーンであった。

また、映画よりも歌詞や振りがはっきりとしており、いかにも修道院長に反対されそうな”ライブっぽい感じ”が出ている点も印象的だ。
いかにも「今まで誰もこなかった教会に大勢の人が集まってきてくれそうな曲」だと感じさせる曲が多く、説得力があった。

さらに、デロリス以外の人物への光の当て方も、舞台版独自の演出として効果的であったと感じる。
例えば、見習いの少女シスター・メアリー・ロバートの役割だ。

彼女は控えめで自己主張があまりないキャラクターであり、どちらかと言えば目立たない存在だ。
映画・舞台共にデロリスに影響を与えられ、変化していく点は同じであるが、舞台では大きく異なる点がある。

デロリスとの触れ合いをきっかけとして「自分とは何か」を深く追求していく点だ。
彼女にとって今まで触れ合ったこともないキャラクターであるデロリスとの接触は、心の在り方を大きく変化させた。

自分は本当にこのまま修道院道で過ごす未来を選択して良いのか。
外の世界を何も知らないまま、このまま与えられた未来を過ごすのは正解なのか。

デロリスの存在は、彼女に今まで考えたこともなかった新しい問いを与えたのだ。


映画にはない舞台の演出として、とても好きなシーンがある。
メアリー・ロバートが将来についてデロリスに尋ねた後に、お互いの重要なものであったFMブーツとロザリオを交換するシーンだ。
彼女はきっと、ブーツと一緒に気づきと勇気をデロリスから貰ったのだろう。

彼女はデロリスからもらった勇気によって、今まで一回もしたことのなかった反抗、つまり自己主張を修道院長に対してすることができたのだ。

舞台版『天使にラブソングを』にとって、シスター・メアリー・ロバートはデロリスに次ぐ重要人物と言っても過言ではない。

この他にもメアリー・ロバートの見せ場は多く、映画にはない感動的な演出が心に残った。

修道院で過ごすことを苦痛に思っていたデロリスが、シスターたちに歌を教えることで自分の居場所を見つけ、生き生きと輝き出す。
一見影響を与えられたのはシスターたちだけに思えるが、実はそうではない。
デロリスもまた、シスターたちから信頼関係と無条件の愛をを学ばせられていたのだと感じた。


一方で、やや残念だった点もある。
ストーリーを展開する上で重要な人物の一人であるカーティスの演出についてだ。

映画ではカーティスは「大クラブを占める大物ギャング感」がとても強かった。
彼に逆らえば、一瞬で殺されそうな感じだ。

しかし舞台版カーティスとその子分達は、映画程の凄みがなくただのギャグ要素になってしまい、なんとなくマフィアとしての力の持ち具合を感じられなかった。

映画の様に背景に本物のクラブを使用することは難しいため仕方がない部分も多いが、舞台上に広がっているのはただの小さなクラブで、チープに感じられてしまったのが残念であった。

もう少し「大規模なクラブ感」があるとよかったと感じた。

キャストについて

最後に、素晴らしいキャストの方々について述べたい。

朝夏まなと演じるデロリスは、繊細且つリーダーシップがあり、このままシスターアクト2を演じると言われても何の違和感もない、正にデロリスであった。

明るく振る舞い、夢や希望を決して忘れず、時には人に対して真摯に向き合う。
人を巻き込み、盛り立て修道院の中から改革を起こしていくデロリスが、そこにはいた。何よりも、デロリス自身が歌を楽しみ、みんなで歌を作り上げていく様子が素晴らしかったと感じる。

彼女の持ち味である丁寧な演技と、長い手足を活かした伸びやかなダンスがデロリスにぴったりであった。
特に修道院長にシスターとして認められ、受け入れられるシーンはこちらにも感情が痛いほど伝わってきて、思わず涙ぐんでしまった程だ。
デロリスは、演者によってかなり違いが出る役だと思う。
いつか森公美子デロリスを観ることができたなら、演技の違いを是非比較してみたい。

シスター達の中で特に印象に残っているのは、未来優希演じるシスター・メアリー・パトリックだ。
パトリックは映画でも明るくて元気なキャラクターであるが、声が大きく歌が上手いだけでは成り立たない。 明るさと、クラブについて行ってしまう様な好奇心が必要であり、目立ち過ぎても台無しである難しい役どころだ。
舞台ではこれぞメアリー・パトリック!と思わせる様な演技と歌声が印象的であった。

また、屋比久知奈演じるシスター・メアリー・ロバートの演技も素晴らしいものであった。最初の自身なさげな様子から、デロリスからブーツを受け取り修道院長に反抗するまで、彼女の心の葛藤と成長がとても良く感じられた。

鳳蘭演じる修道院長は、神を信じ神の元に生きながら、いつも神に自身の不満に対する問いを投げかけている様子がとても人間的であり、また映画とは違った新しい修道院長を観ることができた。

ミュージカル『天使にラブソングを』は映画の世界観はそのままに
明るくハッピーな気持ちにさせてくれる、そんなミュージカルだった。

裏切られて、よかった。
今では心からそう思える。