この記事には広告を含む場合があります。
記事内で紹介する商品を購入することで、当サイトに売り上げの一部が還元されることがあります。
「隣人は、選べない」
ポスターに書かれた、タイトルとはやや不釣り合いに感じるコピーに首を傾げた。
ル・コルビュジエの映画なのに、隣人? 確かに隣人は選べないが、コルビュジエとは関係なさそうだ。
そう、私は大きな勘違いをしていたのだ。
この映画はコルビュジエの建築物を紹介する映画でも、彼の一生を描いた映画でもない。
「隣人との騒音トラブル」という、どこにでもありふれたトラブルからはじまるブラックユーモア映画だった。
映画を見終わった後の何とも言えない気味の悪さは、じわじわと胸に広がっていき未だに染み付いている。
インダストリアルデザイナーとして世界的に有名なレオナルドは、ル・コルビュジエの建築したクルチェット邸に妻と娘と暮らしている。
ある日騒音で目を覚ましたレオナルドは、隣の家に住むビクトルが自分の家の向かいに窓を作ろうとしているのを目撃する。
何とか話し合いで解決しようとするが、隣人は窓を作るのを止めようとせず工事を進めてしまう。
このトラブルを切っ掛けに、薄く繋がっていたレオナルドの家庭は徐々に崩壊していき…
ありふれた隣人トラブルから露わになる人間性
この物語は、デザイナーとして成功し、名声も有名建築家の家も幸せな家庭も全てを持っているレオナルドと、ほんの少し陽の光が入る窓さえも持たぬビクトルの二人を中心として展開していく。
この映画における最大のポイントは、騒音トラブルという厄介な問題により、人間性や家族のあり方が大きく変化していくところだろう。
一見細い糸で繋がっていた家族が、ある一つの些細な問題によりバラバラになってしまう姿を描く。
普段見て見ぬ振りをしていた綻びが徐々に大きくなり、遂には取り返しのつかないところまで転がっていってしまうのだ。
隣人のビクトルは、一見とても厄介な人間に見える。
強面でとても人の話を聞きそうになく、話し合いにも中々応じない。そして、工事を辞めることに一時は同意しても、しばらくするとまた窓作りを再開してしまう。
ストーリーがはじまったばかりの頃は、こんな隣人とやり取りをしなくてはならなくなったレオナルドに最初は少し同情した。
しかし、工事の理由に注目するとその意識は変化してくる。
突然はじまった工事の理由はこうである。「ほんの少しでいいから、陽の光を入れる窓を作りたい」
そう、彼の望みはたった1つの窓だったのだ。
有名建築家の家を手に入れたレオナルドと、窓もない家に住むビクトル。正に、ビクトルは全てを持つレオナルドとは正反対の人間である。
この「窓」を通して、二人の運命は大きく変化していくのだ。
キャラクターへの同情と変化
レオナルドの最初の印象は、成功者で仕事も家庭も大切にしている人といったものだ。
しかし、隣人との窓トラブルを通して段々と本性が見えてくる。八方美人で妻に対しても向き合おうとせず、自身がイラつくと周囲の人間に当たり散らす。
対照的にビクトルは、見かけに寄らず世話焼きで意見の異なる隣人を大切にし、争わずとも少しづつ距離を縮めようとしている常識的な人間に感じる。
ストーリーが進むにつれ、本当にこの二人は最初の印象通りの人間なのかと疑問を持つようになった。
確かに、自分の家の方に向けて窓を作ることは覗かれているようで居心地が悪いかもしれない。
だが、相手の言い分はきちんと聞いたか。レオナルドは自分の意見ばかりを押し付けていたのではないか。
嘘ばかり並べず、こちら側が見えない程度の窓を作ることさえも反対する妻を説得することはできなかったのか。
相手の話も聞かず、嘘の言い訳ばかり並べ立てるレオナルドに呆れる気持ちが出てきたのだ。
最初は厄介な隣人や妻に振り回される姿に同情気味だったが、周囲に当たり散らす様子や自身の教え子への態度など、本性が現れていくのにはぞっとさせられた。
バラバラになったレオナルドの家族。これが本来の姿なのだろう。
人に見られることによって、隠された問題が浮かび上がる。普遍的だが、現代的なテーマだと感じた。
窓と隣人
この映画を語る上で、やはり窓は欠かせない。
レオナルド夫妻の隣人が窓を作ることに猛反対した理由はそれぞれだ。
妻は家を覗かれそうだから。夫は景観が損なわれるからというものだ。
しかし、最終的にその「窓」が娘の命を救ったのだから何とも笑えないものである。
陽の光も持たぬ隣人と、あらゆるものを持つレオナルド。
一見持つものと持たざぬものだが、心の中はどうだろうか。多くのものを持つレオナルドの心の中は、以前から空っぽだったのかもしれない。
衝撃のラストは、レオナルドの本性が見えゾっとした気味の悪さが残った。
人間の本質。現代家族の希薄な繋がり。
そんなものが見えた映画だった。
(※この記事は、以前別ブログにて公開していたものに加筆修正を行ったものです)