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梅雨前の気温の変動や気圧の変化にやられ、最近はブログを更新する気力がなくヘロヘロとしていたのですが、ちょっと面白い論文を読んだのでメモを兼ねて1記事書いてみたいと思います。
先日、宙組バウホール公演『大正浪漫抒情劇 夢千鳥』をディレイ配信で観劇しました。
ポスターを見たときから「面白そう!」と思い気になっていた作品で、緊急事態宣言により配信は無理かなと少し諦めていたもの、ディレイ配信(録画)が決定したのが先月末頃のこと。
配信が開始された後は、画面の向こうでのお芝居なんてことを気にする暇もないくらい、あっと言う間に『夢千鳥』の世界に引き込まれてしまいました。
今まで夢二についてそれほど興味があった訳ではなく、ただ「美人画を描いた画家」くらいの知識しかありませんでした。
そうそう夢二と言えば、以前京都を訪れたときに清水寺近くにある「夢二カフェ五龍閣」に行きたいなぁと思ったものの、調べたところ改装中で中に入れなかったという悲しい思い出があります。
どうやら店主のお祖父様である音楽家の近藤義次さんと竹下夢二は親交があったようで、生前に交わされた書簡などをお店に展示しているのだとか。
大正ロマンを感じさせる店内がとても素敵なので、一度訪れてみたいものです。
話が脱線しましたね。
『夢千鳥』を観て一番引っかかったことは、「夢二と信仰」についてでした。
一幕の途中で夢二の妻である他万喜が、女性だけの集会に行き、賛美歌を歌うシーンがありました。
そこで歌われたのは、「いつくしみ深き」。
以下のような歌詞の賛美歌で、結婚式で歌われることの多いものです。
いつくしみ深き 友なるイエスは
罪とが憂いを とり去りたもう
こころの嘆きを 包まず述べて
などかは下ろさぬ 負える重荷を
ここで紹介するのは1番だけですが、全体として「主イエスはいつでも側にいてて、辛い時も見守っている」といった内容の歌です。
夢二とキリスト教についての関係は全く知らずに観ていたので、突然の賛美歌に驚いたのと、そもそもなんで「いつくしみ深き」をチョイスしたのだろうかなど、色々と考えました。
で、そもそも夢二は他万喜の信仰を知っていたのだろうか とか、
夢二自身はキリスト教についてどう考えていたのだろうか とか
そういったことが気になりはじめて。
色々と調べているうちに、一本の論文を見つけました。
関西学院大学 大学院文学研究科の小嶋洋子さんが書いた、『夢二とキリスト教–「竹久夢二抒情画展覧会」(1918年)をめぐってOn Christianity of Yumeji Takehisa』です。
この論文はCiNiiに掲載されていて、誰でもPDFファイルを閲覧できるので、興味がある方はぜひこちらから読んでみてください。
同論文によれば、
- 夢二はキリスト教を信仰しており、いつも聖書を持っていた
- 夢二の作品の中には、キリスト教の影響を受けていると思われるものが数点存在している
- ユダヤ人に親しみの感情を抱いており、ユダヤ教との関連を思わせる作品もある
- 作品『愛』で表現した「愛」はエロスではなく、信仰や神を想定していたことを日記に記している
- プロテスタントの環境に身をおいていた
といった、夢二とキリスト教の深い関係についての記述が多くなされています。
今まで「南蛮趣味」として考えられていたものが、本当は信仰によるものだったのではとの解釈は非常に興味深く、やはりキリスト教的な影響は大きいと考えられます。
また『立教大学コミュニティ福祉学部紀要第6号(2004) 竹久夢二の渇き 著:中島弘二』によると、夢二は学生時代から信仰を持っていったことが分かります。
神戸中学に入学した夢二は日曜礼拝以外にも足しげく教会に通ったと言われている。ほどなくして、夢二について優れた評伝を著した青江舜二郎によれば「おそらく十代の後期にどこかで授洗したに違いない5)のである。夢二がキリスト教のヒューマニズムに感化されたことは事実であろう。しかしそれは信者として詰め込んだ教義の形式的遵守を説く教会の維持運営に力を尽くすとう使命感であるよりは、もっと漠然とした、それだけに彼生来の宗教感情であったと思われる
立教大学コミュニティ福祉学部紀要第6号(2004)
竹久夢二の渇き La soif de Yumeji Takehisa
中島弘二 Hiroji Nakajima
で、肝心な他万喜の信仰については、色々と読んでみたのですが、中々見当たらず…..
元々他万喜もキリスト教徒だったのか、夢二の影響を受けたのかは分かりませんんが、劇中では離れていく夢二との距離を埋めようとするかのように、信仰にのめり込んでいっているように感じました。
最後の挨拶で、主役の和希そら(かずきそら)さんが「この作品のテーマは、”愛とは何か”です。」と言っていたのが非常に印象に残っていて。
ストーリーだけに注目すると、家族愛・恋人へ向ける愛・愛ゆえの嫉妬といった「愛」が思い浮かびます。
しかし、夢二とキリスト教の関係を知った今、この作品のテーマである「愛」の中には、「無条件の愛」も含まれているのではないかと考えています。
夢二が追い求めた”青い鳥”は、自分にとってのマリアであり、ミューズであり、無条件の愛を与えてくれる存在だったのかもしれません。
演出の栗田先生は、「愛」の中に無条件の愛があることを伝えたくて「いつくしみ深き」を選んだのではないか。
映画のラストで夢二がお葉を快く送り出したのは、無条件の愛によって満たされていることを知ったからこその行動なのではないか。
今ではそんな風に感じています。
『夢千鳥』は、最近観た作品の中で一番、いや、今年観た作品の中で一番と言ってもいいかもしれません。
それほどに観る者を夢中にさせる作品でした。
オンデマンドでの配信を今から楽しみにしています。